いつもご訪問ありがとうございます。

古川全力運動教室 代表の古川でございます。


本を読むことが大事などとは更々思っておりませんが、

過去の偉人や現在のトップ経営者から直接お話しを伺える機会は存在しません。

なので、本を介してその方々の考え方を知れることが、読書の利点であると考えております。


そして、読み始めて物の数ページで引き込まれてしまう作品があります。

人間の建設は正しくその類でございます。

岡潔さんの、「学問を好むという意味が、いまの小中高等学校の先生方には分からないのですね。」

と、いう一文から、私の心は吸い込まれました。


私のクライアントには、学問を好むという意味を説明できる学校の先生が居られますが、

それは一部であり、その意味を伝えることは、至極困難であると感じます。


私自身、学生時代に学問を好むという感情はありませんでした。

ただただ、勉強をしていた方が良い悪いなら良くて、何かに役立つのだろう程度のものでした。


好きこそ物の上手なれ。

好きではありませんでしたので、私の学力は中途半端であったと思い返しています。


岡さん:人は極端になにかをやれば、必ず好きになるという性質をもっています。

私にとって、極端になにかをしたとするならば、総合格闘技ではないでしょうか。

全くもって選手としては向いていないにも関わらず、つまらない維持だけで10年続けました。

怪我が増えるのみで試合に出ても負けるばかりでしたので、

誰しもに継続を反対されました。

ただ、それでも続けました。

正しく極端になにかをしたのだと思います。

その結果、自身がどれほど欲しても(私の場合はプロ昇格)、

世の中にはどうしても出来ないことがあると、学べました。

以降、私の切り替えの早さといえば、目を見張るものがあります(笑)


自分に出来ないことに拘りません。

拘るぐらいなら、自分に向いたことに全力を注ぎ、前に進みます。

 

そして、自身にとって総合格闘技が、好きで好きでたまらないスポーツになりました。

世の中にはたくさんのスポーツが存在します。

その中で、格闘技は危うさを持った、普通では始めにくいスポーツなのだと、感じております。

ただ、格闘技でしか養えない精神性があることも、続けたがゆえに感じています。

野蛮で人を殴る、痛めつけるではなく、人格の形成として、素晴らしいスポーツであることを伝えたいです。

 

岡:ただ、試験目当てに勉強するというような仕方は、人本来の道じゃないから、むしろそのほうがむずかしい。

そうです。

むずかしいが面白いから、面白いがゆえに勉強するのです。

試験が目的ではございません。

やさしいことはつまらなく、むずかしいことは面白いのです。

出来ないから、出来ようと挑むのです。

私の現状からすれば、どのような形をとっても、事業の不安定さは伴い、その点を懸念されます。

季節の変わり目に、クライアントの体調不良が重なり、予約が減ることによって収入が減ります。

しかし、どれほど安定した職業であるといわれていても、破綻する時は破綻いたします。

安定しているから大丈夫ではなくて、当人が安定した生活を得るために、如何に努力と心を注いでいるのかが大事なのではと考えます。

誰しもから反対されようとも、無理だ、むずかしいと言われたから頑張るのです。

なんせ、むずがしいことほどおもしろいことはないのだから。


誰しもに反対され無理だと言われ続けてから早や8年です。

何とか10年までは継続しよう。


最後までお付き合いありがとうございました。